大切な話
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簡潔にその理由を述べたいと思います。
ねこ、増えた
白黒の子猫。
名前は「メイ」
5月に我が家にきたからです。
まだ生まれて1ヶ月、片手に乗ってしまいます。
もう、あれですね、鼻血でるくらい可愛いでずよ"ね"(鼻血を止めながら)
今は哺乳瓶からミルクをあげて、トイレを教えたりする時期です。
人間の赤ちゃんも同じなのでしょうが、相手をするのに時間を取られ、とてもとても大変です。大変ですが、そんなこと気にならないくらい可愛いです。
チビさんとの相性が心配でしたが、最初は威嚇していたチビさんも、段々と慣れてきて、すれ違っても大丈夫な程度になりました。この調子なら問題無いでしょう。
さて、犬や猫をペットとして飼う、というのは、飼っている人であればお分かりかと思いますが、「飼う」というよりも「一緒に生活する」と言ったほうが合っていると思います。
その子を育てる、命を預かる、と決める時、ある覚悟が必要だと僕は思います。
その子を殺す決断をしなくてはならない時がくるかもしれない、という覚悟です。
我が家には昔、クロさんという名前の一匹の猫がいました。
捨てられているのを母が拾ってきたのです。
丁度、今のメイさんと同じくらいの、生後1か月以内の子猫でした。
僕のベットの枕の横が「定位置」でした。クロさんがそこに座り、僕がその横で本を読みながらカードを弄っている、という事がよくありました。
親馬鹿(飼い主馬鹿かな?)かもしれませんが、クロさんは非常に綺麗な猫でした。すらっと長い尻尾に、毛繕いを欠かさない艶のある黒い毛は、まるでモデルのようでした。
クロさんは10歳ごろに死んでしまいましたが、時期的にはチビさんが赤ちゃんの時と少しだけかぶっています。その頃の写真は少ないのですが、ちょっとだけ残っています。
チビさんが我が家に来てから少し経ったある日、クロさんの後ろ足の付け根に何か腫れモノが出来ているのを見つけました。
癌でした。
その腫瘍は手術で取り除いたものの、昔からお世話になっている獣医さん(ハタさんと呼んでいます)からは「どこかに転移する可能性が高い」と言われました。
もともと、猫は癌になりやすい動物なのだそうです。
手術の痕も消えかかってきた頃、クロさんの呼吸の音がおかしいことに気づきました。
人間の喘息のように、「ぜー、ぜー」と苦しそうな呼吸をしているのです。
肺癌でした。
ハタさんから、もう手遅れの状態だと告げられました。
猫の肺癌は稀な症例で、異常が確認出来る頃にはもう手遅れなことが多いのだそうです。
クロさんは殆ど食事をしなくなり、どんどん痩せていきました。
骨と皮だけのガリガリの状態で、ハタさんに点滴を打ってもらったりしていましたが、獣医ではない僕の目から見ても、もう駄目でした。
ある日、ハタさんから「安楽死もできます」と言われました。
悩みました。とても悩みました。
この場で注射を一本打てば、クロさんは楽になります。
僕は病院から電話で家族と相談しました。
相談を終えて、その結論をハタさんに告げてから、僕は診察台の上に伏せているクロさんの頭に手を乗せ、撫でながら言いました。
「クロさん、ウチに帰ろう」
おウチで看取ってあげてください、というハタさんに、クロさんを抱きながら僕は「有難うございました」と頭を下げました。
溜まっていた涙がメガネにぽたぽた落ちました。
この結論が正しかったのかは分かりません。正しいとか正しくないという簡単な結論が出ないものだと思います。
安楽死を選んだほうが良かったのかもしれない、と今になって後悔しますが、もし安楽死させていたら、自分の家で看取ってあげたかった、と後悔したでしょう。
猫は死に際を見せない(安全な場所で回復しようとする)と聞いたことがあると思いますが、家に帰ったクロさんは、僕のベットの下に潜り込んでじっと座って出てきませんでした。
たまに出てきて水を飲むくらいで、一日中、ベットの下に居ました。
数日後、土曜日のお昼頃、クロさんはふらっとベットの下から出てきました。
そして、ベットの上に何とかよじ登り、枕の横の「定位置」に座りました。
僕は直ぐに寄り添ってクロさんの頭を撫でました。
「ああ、もう死ぬんだな」
と直感しました。
ずっと撫でていました。
クロさんは苦しそうに呼吸しながら目を閉じ、眠っているようにも見えました。
20分くらいそうしていると、急によろりと立ち上がりました。
そしてパタリと倒れて痙攣しはじめました。
四肢をつっぱり、目の焦点があっておらず、ビクリビクリと痙攣するクロさんの頭を、左手で支え、震える右手でしっかりと撫で続けました。
「大丈夫だよ、独りじゃないよ、大丈夫、大丈夫だよ」
と言いながら撫で続けました。
ぼろぼろ泣きながら撫で続けました。
時間にしたら30秒もなかったでしょう。
クロさんの痙攣は止まりました。鼓動も、呼吸も止まっていました。
僕はクロさんの全てが止まってからも撫で続けていました。
「よかったねぇ、クロさん。もう苦しくないね。ありがとう。ありがとう」
と言いながら撫でていました。
何故このときに「ありがとう」を連呼していたのかは、今でもよくわかりません。何故かそういう感情が湧きあがってきたのです。
冷たくなっていくクロさんが寒くないように毛布で包み、家族に連絡しました。
その時一緒に家にいた妹も、クロさんの亡骸を撫でながら泣きました。
火葬したクロさんの骨は、あの長い綺麗な尻尾がはっきりわかりました。
その骨は今も我が家にあります。
命を預かるとは、こういうことです。
クロさんを捨てた元飼い主にも何か事情があったのでしょう。
僕があの時、クロさんを殺す選択が出来たように、命を預かった側は、その命を捨てることもできるのです。
命を預かるというのは、そういう事なんです。
メイさんの体重は、約400グラム。
僕が今まで持ってきたモノの中で最も重い400グラムです。
どうか、健やかに、幸せに。
これから一緒に生活してきましょうね。